2023.12.21

プラズマ殺菌でフードロス問題に挑む 九州大学発のベンチャー

プラズマ殺菌でフードロス問題に挑む 九州大学発のベンチャー

近年問題となっているフードロス。フードロスと聞くと、食べ残しや調理時に発生する、消費段階のものを耳にすることが多いだろう。しかし、実は消費段階よりも、生産から小売りまでの段階で発生する廃棄ロスのほうが2倍近くも多いのである。現在、世界で生産されている食料の40%に当たる約25億トンが毎年廃棄されており、特に農作物は保管や輸送の仮定において痛みや腐敗が発生するため、農場での生産から貯蔵・加工・製造・流通の過程における食品ロスは、全体の64%にも達する。

今回は、プラズマ殺菌という新たなテクノロジーでこの問題に挑む、株式会社タベテクの田苗 眞代氏に事業にかける想いを伺った。

低コストで柑橘の新鮮さを保つ プラズマ殺菌装置とは

タベテクが開発したプロダクト「PLASMA BOX」は、柑橘農家が保有する常温倉庫に家庭用電源をつないでおくだけの装置だ。柑橘類の鮮度を保つための装置だが、薬剤などは一切使用しない。電気代も1台あたり月100円程度という安さでありながら、この装置を用いることで、柑橘類に生えるカビを3分の1以下に抑えることができる。光触媒シールや鮮度保持袋といった、競合となりうる他の技術もあるが、「PLASMA BOX」は果実1個1個にシールや袋を被せたりする手間もなく、低コストで、殺菌効率にも優れる。

日本では常温貯蔵によるカビの発生で、収穫された柑橘の約半分、金額にして223億円ものロスが発生しているとされる。「PLASMA BOX」の活用で、このロスを3分の1以下にまで減らすことができるのだ。

プラズマ殺菌との出会い

田苗氏とプラズマ殺菌との出会いは、彼女が歯科医院を経営していたときだ。医療法人の事業再生やM&Aなどの実務経験が豊富な田苗氏は、九州大学からプラズマ殺菌の技術を活かした起業を提案されたが、技術面の不安から当初は踏ん切りがつかなかったという。そんなとき、田苗氏は器具を殺菌する薬剤を誤ってこぼしてしまう。それを拭いているときに、薬剤の刺激から具合が悪くなってしまった同氏は、薬剤を使うことなく殺菌できるプラズマ殺菌に魅力を感じ、起業を決めた。

プラズマ殺菌による鮮度保持の技術は、柑橘類に適度なプラズマを与えると、柑橘に活性酸素が生じ、生命の危機を感じた柑橘が抗酸化物質を出して対抗するという原理を応用している。元々は医療技術として使われていたプラズマ殺菌の技術だが、これを九州大学が初めて植物分野に応用し、今でも研究の最先端を行っている。

田苗氏も創業当初は医療用の滅菌装置の開発に取り組んでいた。しかし、医療の分野は規制が多いことから膨大なコストがかかってしまう。プラズマ殺菌の農業分野への応用を知った田苗氏は、半年後に路線変更。社名を「タベテク」に変え、現在に至る。

大地震の被害を乗り越え トルコへの進出

タベテクの事業は日本にとどまらない。柑橘が国の重点産業であるトルコでは、金額換算で推定451億円という、日本の約2倍の柑橘廃棄ロス市場がある。タベテクはトルコの成果物輸出大手Takasya社と連携し、2024年からは柑橘類の長距離輸送事業に挑戦。薬剤使用なしでは柑橘類を輸送できない東アジアに、タベテクの技術を用いて輸送し、東アジアのマーケットを開拓することを目指していた。

しかし、2023年2月、現地で実証実験中だったタベテクに予期せぬ事態が発生する。最大マグニチュード7.8、死者5万人を超えたトルコ・シリア地震だ。タベテクが進出していたハタイ県では特に被害が大きく、ビルも倒壊してしまい、田苗氏は絶望に暮れたという。ところが、プラズマ殺菌装置の開発は別の地域で行っていたため奇跡的に被害がなかったこと、また郊外の柑橘農家の被害も比較的小さかったことから事業は継続。3か月後に実験は終了、結果は現地アンカラ大学の教授も驚くほどの大成功に終わった。タベテクの事業展開を通じてトルコの復興に貢献したい、と田苗氏は語る。

タベテクの最終目標 モノが循環する世の中へ

タベテクが見据えるのは、コールドチェーンが脆弱な途上国への展開だ。途上国では輸送技術の低さから、食品を多く腐らせてしまうのみならず、有害な薬剤を使用して保存するケースもある。中には、かつて田苗氏がこぼし、体調を崩してしまった薬剤と同じ薬剤が食品に使われていることもあるという。

現在、タベテクが確立している技術の対象は柑橘類だけだが、プラズマ制御技術が確立できれば他作物にも応用でき、有害な薬剤を使用せず、食品ロスを大幅に減少させる未来が実現できる。

2023年9月には、今後海外での成長が期待される起業家として、経済産業省の起業家育成・海外派遣プログラム「J-STARX(ジェイスターエックス)」のシンガポール・インドネシア派遣コースプログラムの対象企業として採択された。世界中の農家、消費者のため、食品ロスのない未来のため、タベテクはさらなる高みへと歩み続ける。